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話ができるように‥‥。

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私の中のたからもの。

友人の旦那さまの叔父さまが
臨済宗だったかな〜のお寺のご住職をされていて
友人たちの結婚式のときのご住職の言葉。

パン職人の彼に向って
毎日毎日つくっているパンに言葉をかけなさい。
そしてパンと話をしなさい。
話ができるようになりなさい…

たからもののわりにうろ覚えってどういうこと?って感じですが
そんな話でした。
修行という言葉と直結した暮らしをしているご住職からの贈る言葉
でも修行って、特別なひとだけがしていることではなく
生きて日々を営んでいる人間にはついて回ることではないだろうか。

当時、男社会の中で、設計で上ばかりをみていた私にとって
とてもドキッとした言葉でした。

その、パン職人の彼は、
結婚後千葉で職人としての毎日を積んで
福島の地でパン屋さんを開いたのですが…
その地は、親類が田舎で言うところの近くにいる、、、
また、そのご住職、つまりは、彼のおじいさまの寺が
田舎で言うところの少し離れた場所にある
という「えんとゆかり」がちょぴっとの地で
店を開いた。

私は、その店の設計をさせてもらったのだけれど
これまでであったクライアントの中でもかなり若い人だったけれど
人間の大きさという点で群を抜いていた。

物事に動じないだけでなく、
周りの人を魅了して動かしてしまうの…いや周りが動いてしまうのだ。

その彼らが、震災に遭ったとき
私が生死を心配していて、現実を知るのに相当の勇気を絞って
彼らの現状を求めたとき
『毎日店を開けているらしい』
?!
どれほど驚いたか。

そして、嬉しい驚きのまま、単純に電話が繋がったのだが(これにも驚いた)
彼の言葉…

『建物もオレらも怪我もない、設備は動くし、材料はある。
毎日数量限定で申し訳ないが200人だけどその分のパンを焼いている』

周りで開けているお店はあと2軒ぐらいだったか。。。
『これまでの恩を今返すとき』

そういって、あの恐怖の中でも定休日返上で材料が尽きるまで焼いていた。
実際は、震災後1日休んだ翌日にはあちらこちらから材料が提供されたけど
1か月以上無休だった。

あまりの状態に、心と身体がぽきっと折れるときがあるのでは無いかと心配したけれど
彼の、200人だけど…といったときの被災という窮地にあっても
パンを作ることを楽しんでいたような…。
もちろん、彼は震災を楽しんでいたわけじゃない。

でも、きっとそれまでの毎日のパンづくりの中で
彼はパンと話ができるようになったのだと
おもった。

自分の店を作ると決めたとき
そしてそれを行動に移し
どんなに売れても店を広げず、最小限の人間だけで
おいしいパンを焼くために、毎日を生きてる。
その毎日には色んなことがあったろうけれど
この強い意志で、全てを乗り越えてきたのだろうと思う。

結婚式のご住職の言葉をきっと日々忘れずに
積んできたからだろう。

彼の焼くパンは、いつも優しい味がする。
どれもが、彼が鍛錬した足跡が残っている。

私も、図面を書くとき、モノをつくるとき、
ここ一番というとき必ず思い返すことば。
「パンと話ができるように‥‥」
by sola-1-sola | 2013-07-20 04:49 | 思い出

小さな玉から見えてくる世界とか。


by そら
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